
熊本市「まちなか再生プロジェクト」について
第1章 中心市街地再生の背景と必要性
熊本市中心市街地では、築40年を超える建築物が多数存在し、今後10年間でその数はさらに増加すると予測されています。これらの老朽建築物の中には、現行の耐震基準を満たしていないものも含まれており、特に熊本地震の経験を踏まえ、大規模災害への備えが喫緊の課題となっています。
また、現行の建築規制下では、建替え時に従前と同規模の建築物を再建できないケースがあり、これが建替えを躊躇させる一因となっています。老朽建築物の放置や建替えによる更地の増加は、都市景観の悪化や防災性の低下を招き、いわゆる「スポンジ化」現象を引き起こす懸念があります。
さらに、企業からのオフィス需要が高まる一方で、そのニーズに対応できる高機能な新規オフィスビルの供給が不足している状況も、都市の活力維持における課題として認識されています。
これらの課題、すなわち、
災害への対応力強化
都市活力の維持・向上
新規オフィス供給による企業誘致促進
を解決するため、「まちなか再生プロジェクト」が策定されました。本プロジェクトは、熊本地震の教訓を活かし、将来の自然災害に対するレジリエンスを高め、安全・安心で魅力的な都市空間の形成を目指すものです。
第2章 まちなか再生プロジェクトの概要と目標
本プロジェクトは、官民連携のもと、以下の都市像の実現を目指しています。
目指す都市空間の姿
コンセプト | 主な取り組み内容 |
---|---|
災害に強い上質な都市空間 | 耐震性の高い建築物の増加促進、避難・活動スペースとなる空地の確保、一時滞在施設の整備。 |
誰もが歩いて楽しめる魅力的な都市空間 | 歩行者空間の拡充、賑わい施設の誘導、景観形成の推進。 |
いきいきと働ける都市空間 | 高機能オフィスの供給促進、宿泊施設の整備。 |
数値目標:10年間で100件の建替え促進
プロジェクト期間(令和2年4月1日~令和12年3月31日)において、中心市街地の3階建て以上の店舗・事務所等の建替え件数を、熊本地震以前と比較して倍増させることを目指します。
対象エリアは、熊本市中心市街地(熊本城周辺及び熊本駅周辺、約415ヘクタール)を基本としつつ、施策ごとに適用範囲が設定されています。
プロジェクトの主要施策(三つの柱)
本プロジェクトは、以下の三つの主要な施策によって構成されています。
施策1:防災機能強化等に着目した容積率の割増
公共貢献を伴う建替えに対し、容積率の緩和を適用し、より大規模な建築を可能とします。
施策2:高さ基準に係る特例承認対象建築物の拡充
熊本城周辺等の高さ制限区域において、景観との調和を図りつつ、一定条件下で特例的な高さ緩和を可能とします。
施策3:建築物等に対する財政支援制度
建替えに伴う費用負担を軽減するため、財政的な支援措置を講じます。
次章以降、これらの施策について詳述します。
第3章 施策①:防災機能強化等に着目した容積率の特例措置
容積率とは、敷地面積に対する建築物の延べ面積の割合を定めるもので、建築可能な規模を規定する重要な指標です。本プロジェクトでは、建替え時における「公共貢献」に応じて容積率の割増を認める制度を設けています。
従来の公開空地の確保に加え、以下の4つの評価項目が新たに導入されました。
公共貢献評価の主要項目
評価カテゴリ | 主な内容 |
---|---|
A. 防災機能の向上 | 建築物の耐震性能強化、一時滞在スペースや備蓄倉庫の設置等。 |
B. 都市機能・アメニティの向上 | 交通結節機能の強化(例:観光バス乗降スペース設置)、環境配慮型建築、貫通通路や屋上テラス等の賑わい空間創出。 |
C. 特定施設の誘導 | 高機能オフィス、ハイグレードホテル等の整備。 |
D. 公共的空間の創出 | セットバックによる公開空地(歩道状空地等)の整備。 |
これらの公共貢献度が高いほど、容積率の割増が期待できます。
さらに、令和12年3月31日までの時限措置として「まちPボーナス」が導入されています。
「まちPボーナス」の主な特徴
容積率割増上限の拡大
公共貢献による容積率割増の上限が、通常最大300%のところ、特定条件を満たす場合最大400%まで拡大されることがあります。
特定項目の評価割増
上記「A. 防災機能の向上」および「C. 特定施設の誘導」に関する取り組みは、容積率評価が1.5倍となります。
デザイン性の評価
地域景観との調和やデザイン性に優れた建築物には、さらに50%の容積率ボーナスが付与される場合があります。
容積率割増制度の活用にあたっては、以下の都市計画制度等が関連します。
関連する主な都市計画制度等
街並み誘導型地区計画
高度利用型地区計画
高度利用地区
総合設計制度
各制度の適用条件や手続きは異なるため、具体的な計画に際しては、市のパンフレットや担当部署への確認が不可欠です。
第4章 施策②:熊本城眺望への配慮と高さ基準の特例承認
熊本市のランドマークである熊本城の眺望景観を保全するため、周辺地域には建築物の高さ基準が設けられています(例:熊本城至近地で海抜50m、京町台地で海抜63m等)。
本プロジェクトでは、これらの高さ基準が適用される区域内においても、一定の条件を満たし、市長が「都市景観の向上に資する」と認めた場合に限り、特例的に高さ基準を超える建築が承認される途が開かれています。この判断には、熊本市景観審議会への諮問が必要です。
特例承認の対象となり得るのは、以下のいずれかの制度を活用し、一定規模以上の公開空地を確保する建築物です。
特例承認対象の前提となる制度活用
高度利用地区
高度利用型地区計画
総合設計制度
総合設計制度同等(公開空地等の整備により、総合設計制度と同等の公共貢献が認められる場合)
すなわち、熊本城周辺での高さ基準を超える建築計画には、セットバックや広場状空地の整備等を通じた公共空間の提供が求められます。手続きとしては、市担当部署との事前協議、景観調整会議での意見聴取、景観審議会への諮問等を経て、特例承認の可否が判断されます。
第5章 施策③:建替え促進のための財政支援制度
建替えに伴う経済的負担を軽減し、事業者の投資意欲を喚起するため、時限的な財政支援制度が設けられています(令和2年度~令和11年度採択事業対象、予算に限りあり)。
支援対象エリアは、熊本市中心市街地全域です。
基本的な支援対象条件
項目 | 条件 |
---|---|
所在地 | 中心市街地区域内 |
建築物 | 地上3階建て以上の耐火建築物 |
主要用途 | 新築建築物の1階部分が店舗、事務所、ホテル等の賑わい施設であること(緩和措置適用後) |
以下の都市課題解決に資する取り組みに対しては、より重点的な支援がなされます。
重点支援対象となる取り組み
未利用地の活用(スポンジ化対策)
長期未利用地(例:駐車場等)における新規建築。
敷地集約化・共同化
複数敷地の一体的な建替えによる機能的な建築物の整備。
防災機能の強化
耐震性能向上、一時滞在スペース、備蓄倉庫、浸水対策設備等の整備。
新規支援:利子補給制度(令和7年4月1日開始)
本プロジェクト専用の融資制度「まちなか再生プロジェクト資金」(市と地元金融機関等が連携)を利用して建築を行う場合、支払利子の一部(年利1%を上限、最大3年間)が補助されます。
主な補助内容は、解体費用、敷地集約化費用の一部、ならびに新築建築物の土地・建物に係る固定資産税・都市計画税相当額の一部(5年間または最大10年間)です。これにより、事業期間中のキャッシュフロー改善が期待されます。
手続きは、市への事前相談、事業指定申請、工事施工、完了後の補助金交付申請という流れが基本です。利子補給は融資契約締結後の申請となります。詳細な条件や補助額算定方法については、市発行の資料や関連要綱を参照ください。
第6章 プロジェクト推進の手続きと流れ
本プロジェクトの各制度を活用した建替え事業は、概ね以下のプロセスで進行します。
事業推進の標準的プロセス
ステップ1:事前相談
計画地、建築概要等を市担当部署に伝え、適用可能な制度や基本条件について協議します。
ステップ2:計画策定
具体的な建築計画、公共貢献計画、防災計画等を策定します。関係権利者間の合意形成も重要です。必要に応じて市から専門家(まちづくりコンサルタント等)の派遣支援が受けられる場合があります。
ステップ3:まちなみ整備計画説明書の提出と協議
計画内容を「まちなみ整備計画説明書」に取りまとめ、市に提出し、プロジェクトの趣旨・基準への適合性等について協議・審査を受けます。
ステップ4:都市計画決定・各種許認可手続き
高度利用地区や地区計画等の都市計画決定手続き、建築基準法に基づく総合設計許可手続き、高さ特例承認に関する景観審議会手続き、財政支援に関する事業指定申請等を並行して進めます。
ステップ5:建築関連手続き・工事着手
都市計画決定や各種許可取得後、建築確認申請等を経て工事に着手します。
ステップ6:完了報告・補助金申請・維持管理
工事完了後、補助金交付申請(該当する場合)を行います。整備した公開空地等は、適切に維持管理し、市への定期報告が必要となる場合があります。
通常の開発申請業務とは異なる手続きも含まれるため、各段階での市担当部署との緊密な連携が推奨されます。
おわりに:未来の熊本市中心市街地形成に向けて
熊本市の「まちなか再生プロジェクト」は、熊本地震からの復興という経験を踏まえ、将来の災害リスクに備えつつ、中心市街地の持続的な発展を目指すための総合的な施策パッケージです。容積率緩和、高さ基準特例、財政支援といったインセンティブを活用することで、民間事業者による質の高い都市開発を誘導し、安全で魅力と活力に満ちた都市空間の形成を目指しています。
本プロジェクトの制度を理解し活用することは、不動産開発や都市計画に携わる専門家にとって、新たな事業機会の創出や付加価値の高い提案に繋がる可能性があります。本報告が、その一助となれば幸いです。
本プロジェクトの詳細や個別案件に関するご相談は、熊本市の担当部署までお問い合わせください。
関連情報:
熊本市ホームページ:まちなか再生プロジェクト(中心市街地活性化基本計画)について
発行日: 2025年5月15日